るからだ、飲む[#「飲む」に傍点]ことが味ふ[#「味ふ」に傍点]ことであるのは理想だ、飲むうちに味ふほどに酔うてくるなら申分ないけれど、それは私の現状が許さない、だから、好きでもない焼酎を飲む、眼をつぶつて、息もしないやうにして、ぐつと呻る[#「呻る」はママ]のである、みじめだとは自分でも知つてゐる、此辺の消息は酒飲みの酒好き[#「酒飲みの酒好き」に傍点]でないと解らない、酒を飲むのに目的意識[#「目的意識」に傍点]があつては嘘だが、目的意識がなくならないから焼酎を飲むのである。……
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夫婦で洗ふ赤児がおとなしい
夫婦喧嘩もいつしかやんだ寒の月
夕ぐれのどの家も子供だらけだ
酔うほどは買へない酒をすゝるのか
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 一月廿三日[#「一月廿三日」に二重傍線] 雨、曇、何といふ気まぐれ日和だらう。

夜、元寛居で、稀也送別句会を開く、稀也さんは、いかにも世間慣れた(世間摺れたとは違ふ)好紳士だつた、別れるのは悲しいが、それが人生だ、よく飲んでよく話した。
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 冷やかに明けてくる霽れてくる
・出来そこなひの飯たべて今日を逝かせる
 寒[#(ン)]空、別れなければならない
 恋猫の声も別れか
 寒い星空の下で別れる
・重荷おもくて唄うたふ
・ひとりにはなりきれない空を見あげる
 あたゝかく店の鶯がもう啼いて
 よいお天気の山芋売かな
 畑は月夜の葉ぼたんに尿する
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稀也さんに、元寛さんへも馬酔木さんへも木葉猿をげ[#「をげ」に「マヽ」の注記]る、そして稀也さんも私も酔ふた、酔うて別れて思ひ残すことなし、よい別れだつた。
裏のおばさんに『あたゝかいですね』といふと『ワクドウが水にはいつたから』と答へる、熊本の老人は誰でもさういふ、ワクドウ(蟇の方言である)が水にはいる(産卵のためである)、だから暖かいと理窟である、ワクドウが水に入つたから暖かいのでなくて、暖かいからワクドウが水に入るのだから、原因結果を取違へてゐるのだが、考へやうによつては、面白くないこともない、私たちはいつもしば/\かういふ錯誤をくりかへしつゝあるではないか。

 一月廿四日[#「一月廿四日」に二重傍線] うらゝかだつた、うらゝかでないのは私と彼女との仲だつた。

米の安さ、野菜の安さ、人間の生命も安くなつたらしい。

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