さだつた。

 十月八日[#「十月八日」に二重傍線] 晴、后曇、行程三里、榎原、栄屋(七〇・上上)

どうも気分がすぐれないので滞在しようかとも思つたが、思ひ返して一時出立、少し行乞してこゝまで来た、安宿はないから、此宿に頼んで安く泊めて貰ふ、一室一人が何よりである、家の人々も気易くて深切だ。
やうやく海を離れて山へ来た、明日はまた海近くなるが、今夜は十分山気を呼吸しよう。
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・こんなにうまい水があふれてゐる
・窓をあけたら月がひよつこり
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日向の自然はすぐれてゐるが、味覚の日向は駄目だ、日向路で食べもの飲みものゝ印象として残つてゐるのは、焼酎の臭味と豆腐の固さとだけだ、今日もその焼酎を息せずに飲み、その豆腐をやむをえず食べたが。
よく寝た、人生の幸福は何といつたとて、よき睡眠とよき食慾だ、こゝの賄はあまりいゝ方ではないけれど(それでも刺身もあり蒲鉾もあつたが)夜具がよかつた、新モスの新綿でぽか/\してゐた、したがつて私の夢もぽか/\だつた訳だ、私のやうなものには好過ぎて勿躰ないでもなかつた。

 十月九日[#「十月九日」に二重傍線] 曇、時雨、行程三里、上ノ町、古松屋(三五・上)

夜の明けないうちに眼がさめる、雨の音が聞える、朝飯を食べて煙草を吸うて、ゆつくりしてゐるうちに、雲が切れて四方が明るくなる、大したこともあるまいといふので出立したが、降つたり止んだり合羽を出したり入れたりする、そして二三十戸集つてゐるところを三ヶ所ほど行乞する、それでやつと今日の必要だけは頂戴した、何しろ、昨日は朝の別れに例のお遍路さんと飲み、行乞はあまりやらなかつたし、それにヤキがなくてリヨカンに泊つたので、一枚以上の食ひ込みだ(かういふ世間師のテクニツクを覚えて使ふのも、かういふ境涯の善し悪しだ)。
二時過ぎには宿についた、誰もが勧めるほどあつて、気持のよい家と人であつた。
傘を借り足駄を借りて、中ノ町を歩いて見る、港までは行けなかつた、福島町といふのは上ノ町、中ノ町、今町の三つを合せて延長二里に亘る田舎街である。
隣室は世間師坊主の四人組、多分ダフのゴミだらう、真言、神道、男、女、面白い組合だ。
今日の道は山路だからよかつた、萩がうれしかつた、自動車よ、あまり走るな、萩がこぼれます。
昨夜の女主人公は楽天家だつた、今夜の女主人公は家政
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