事がある!
九月廿二日[#「九月廿二日」に二重傍線] 晴、曇、都城市、江夏屋(四〇・中)
七時出立、谷頭まで三里、道すがらの風光をたのしみながら歩く、二時間行乞、例の石豆腐を食べる、庄内町まで一里、また三時間行乞、すつかりくたぶれたけれど、都城留置の手紙が早くみたいので、むりにそこまで二里、暮れて宿についた、そしてすぐまた郵便局へ、――友人はありがたいとしみ/″\思つた。
けふはぞんぶんに水を飲んだ、庄内町の自動車乗場の押揚ポンプの水はよかつた、口づけて飲む山の水には及ばないけれど。
こゝへ来るまでの道で逢つた学校子供はみんなはだしだつた、うれしかつた、ありがたかつた。
けふもまた旅のヱピソードの特種一つ、――宿をさがして急いでゐるうちにゆきあつた若い女の群、その一人が『あう』といふ、熊本のカフヱーでみたことのある顔だ、よく覚えてゐましたね、いらつしやいといひましたね、さてあなたはどこでしたかね。
同宿十余人、同室一人、隣室二人、それ/″\に特徴がある、虚無僧さんはよい、ブラ/\さんもわるくない、坊さんもわるくない、少々うるさいけれど。
九月廿三日[#「九月廿三日」に二重傍線] 雨、曇、同前。
八時から二時まで都城の中心地を行乞、こゝは市街地としてはなか/\よく報謝して下さるところである。
今日の行乞相はよかつた、近来にない朗らかさである、この調子で向上してゆきたい。
一杯二杯三杯飲んだ(断つておくが藷焼酎だ)、いゝ気持になつて一切合切無念無想。
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きのふけふのぐうたら句
糸瓜の門に立つた今日は(子規忌)
・旅の宿の胡椒のからいこと
・羽毛《ハネ》むしる鶏《トリ》はまだ生きてゐるのに
・しんじつ秋空の雲はあそぶ
あかつきの高千穂は雲かげもなくて
お信心のお茶のあつさをよばれる
芋虫あつい道をよこぎる
竹籔の奥にて牛が啼いてるよ
・露でびつしより汗でびつしより
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夜は教会まで出かけて、本間俊平氏の講演を聴く喜びにあつたが、しかし幻滅でないとはいへなかつた、予期したよりも世間並過ぎ上手過ぎてゐはしないだらうか、私は失礼とは思つたが中座した。
やつぱり飲み過ぎた、そして饒舌り過ぎた、どうして酒のうまさと沈黙の尊さと、そして孤独のよろしさとに徹しえないのだ。
同宿の坊さんはなか/\の物知りである、世間
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