頼んで置きたいことがある。それは、若しも何かの間違で[#「何かの間違で」に白三角傍点]、諸君が右の頬を打たれなすったとき[#「諸君が右の頬を打たれなすったとき」に白三角傍点](或は接吻せられることもあろう[#「或は接吻せられることもあろう」に白三角傍点])左の頬を出されないまでも[#「左の頬を出されないまでも」に白三角傍点]、じっと堪忍して[#「じっと堪忍して」に白三角傍点]、願わくならば微笑でもしていて下るほどの雅量を持っていて欲しいということです[#「願わくならば微笑でもしていて下るほどの雅量を持っていて欲しいということです」に白三角傍点]。小供のするような無邪気な喧嘩ならば面白いけれど、大供のする睨合には感心しません――
△兎に角、こう早く本社が成り立ったのは嬉しかった。私はエムファサイズする。今朝、本集を手にしたとき、胸がどきどきした。初めて熱い恋を囁かれた少女のように。……笑ってはいけません。私は妻も子もある三十男ですからね! 諸君、可愛くなりませんか※[#感嘆符三つ、53−3]
△本集は『春愁』『若き悲しみ』またはハイカって(少々嫌味はあるが)『二十歳《ハタチ》の峠へ、三十歳の峠から』とでも名付くべきでしたろう。若い人は大胆に若い恋を歌いたまえ。私ら中年者は中年の恋を露骨に歌います。それにしてももう少し物足りませんね。老爺《おじい》さんと……そして……フェヤセックスがいないから!
△私は以前から小っぽけな純文芸雑誌発刊の希望を胸ふかく抱いています。機が熟したら、必ず実行します。そして、その一半を俳句の椋鳥会と短歌の白楊社とに捧げたいと思うています。郷土芸術[#「郷土芸術」に白三角傍点]――新しい土に芽生えつつある新らしい草の匂いが、春風のように私の心をそそります。そして私の血は春の潮のように沸き立って来ます。(併し、こんなことはあまり高い声では申されません。地方雑誌の経営ではこれまで、度々失敗していますから。)
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△ △ △
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△春が来た。春が来たからといって、私には間投詞を並べて、可愛い溜息を洩らすほどの若々しさもなく、また、暗い穴の底へ投《ほう》り込まれたような鬱憂もないが、矛盾した自己を、やや離れた態度で、冷かに観照しうるだけの皮肉がある。シニカルな気分である。この心
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