の金紗の着物を朝草のように青々と浮き立たせていた。
 と言つて、初世は拒みもしなかつた。そのことが、佐太郎を勇気ずけた。
「さあ、行こう」
 佐太郎はそうやや上ずつた声で勢いこんで言うと同時に、初世の左の手首をつかんで引ツぱつた。すると、初世は別にさからう風もなく、崩れるように歩きはじめた。佐太郎は手をつかんだまま歩き出した。
 思つたよりもボタリと重い女の手だつた。しかし、その重みはシツトリとして何か貴重な値打を感じさせる気持のいい重みであつた。
 自分の[#「 自分の」は底本では「自分の」]行動に対して、女が何の抵抗をも示さないと思うと、佐太郎は急におさえがたい興奮を感じた。
「一寸そこで休んで行こう、話したいことがあるんだよ」
 神明社の少し先の、左側に林檎畑のあるところに来かかつたとき、佐太郎はグイとその畑の方に女の手をひいた。
「いやだ」
 初めて初世は立ちどまつて、上半身を反らせた。しかし、それは抵抗というほどのしぐさではなかつた。
「いいよ、何でもないよ、一寸話したいんだ」
 そのまま手を引くと、それ以上さからおうとせず尾いて来た。
 もう佐太郎は夢中であつた。興奮でボーツと眼先がかすんで、林檎の梢に鋭鎌《とぎかま》のような三日月がかかつているのさえ、ろくに眼に入らなかつた。
 枝もたわわな林檎はたいてい袋をかぶつていたが、そうでないのは夜露にぬれてつや/\と光つていた。
 どこか近くで夜鳥がギヤツと一声鳴いた。
「学校でいちばん好きな生徒であつたよ」
 そう言いながら、佐太郎は女の手をひいて一本の林檎の木の根がたに棄ててある林檎箱に腰かけさせた。
 つづいて自分も腰をおろしたとき、箱がメリ/\とつぶれて、佐太郎はうしろにひつくり返りそうになつた。転ぶのを踏みこたえようとしたとき、やはり同様によろめいていた女に、思わず[#「思わず」は底本では「思はず」]抱きついていた。
 直きに佐太郎は女に最後のあるものを求めていた。
 だが、あんなにそれまで従順だつた初世が、ハツキリとそれを拒んだ。そうなると、このごろ田圃に下りてなか/\の働き者という評判の初世は、相当に手強くて、佐太郎がよほど乱暴をはたらかないかぎりは、どうにもなりそうでなかつた。
 手強くこばまれると、もと/\ここまで女をひつぱつて来た自分の大胆さをむしろ不思議に思つていた佐太郎は、急に気弱くな
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