ぶんあなたの前身は武士でしょう」
「いかにもお察しの通り」と囘龍は答えた。「剃髪の前は、久しく弓矢取る身分であったが、その頃は人間も悪魔も恐れませんでした。当時は九州磯貝平太左衞門武連と名のっていましたが、その名を御記憶の方もあるいはございましょう」
その名前を名のられて、感嘆のささやきが、その法廷に満ちた。その名を覚えている人が多数居合せたからであった。それからこれまでの裁判官達は、たちまち友人となって、兄弟のような親切をつくして感嘆を表わそうとした。恭しく国守の屋敷まで護衛して行った。そこでさまざまの歓待饗応をうけ、褒賞を賜わった後、ようやく退出を許された。面目身に余った囘龍が諏訪を出た時は、このはかない娑婆世界でこの僧ほど、幸福な僧はないと思われた。首はやはり携えて行った――みやげにすると戯れながら。
さて、首はその後どうなったか、その話だけ残っている。
諏訪を出て一両日のあと、囘龍は淋しい処で一人の盗賊に止められて、衣類を脱ぐ事を命ぜられた。囘龍は直ちに衣《ころも》を脱して盗賊に渡した。盗賊はその時、始めて袖にかかっているものに気がついた。さすがの追剥ぎも驚いて、衣《ころも》を取り落して、飛び退いた。それから叫んだ、「やあ、こりゃとんでもない坊さんだ。おれよりもっと悪党だね。おれも実際これまで人を殺した事はある、しかし袖に人の首をつけて歩いた事はない。……よし、お坊さん、こりゃおれ達は同じ商売仲間だぜ、どうしてもおれは感心せずには居られない。ところで、その首はおれの役に立ちそうだ。おれはそれで人をおどかすんだね。売ってくれないか。おれのきものと、この衣《ころも》と取り替えよう、それから首の方は五両出す」
囘龍は答えた、
「お前が是非と云うなら、首も衣も上げるが、実はこれは人間の首じゃない。化物の首だ。それで、これを買って、そのために困っても、わしのために欺かれたと思ってはいけない」
「面白い坊さんだね」追剥ぎが叫んだ。「人を殺してそれを冗談にしているのだから、……しかし、おれは全く本気なんだ。さあ、きものはここ、それからお金はここにある。――それから首を下さい。……何もふざけなくってもよかろう」
「さあ、受け取るがよい」囘龍は云った。「わしは少しもふざけていない。何かおかしい事でももしあれば、それはお前がお化けの首を、大金で買うのが馬鹿げていてはお
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