合せてため息をついた。つかれてはゐたけれどもどうしてもそこには泊る気にはなれなかつたのである。
二
アカシヤやブナやハクヨウが一面に深くしげつて、わけて行く草道は、ともすれば人の肩を没するほどそれほど深かつた。細長い谷は五町ぐらゐの狭い幅で、右にも左にも前にも後にも樹や影の深い山巒が高く高くおほひ重なつた。それに、爪先上りになつてゐる路は、行つても行つても容易に尽きやうとはしなかつた。
「これはさつき通つて来た路ぢやないね?」
「さうだ……さつきは、向うだつた」
「これで好いのかね?」
支那語を片語でやるSが一行の不安を表して、何遍も何遍もしつこく聞いて見たけれども、唯だ大丈夫だとばかりで、案内者はぐんぐん彼等の先に立つて歩いて行つた。
「本当に大丈夫かな?」
BはHにいつた。
Hも不安さうだ。曇つた顔をしてちよつと立留まつたが、「でも、為方がありますまい。ついて行くより?」
「………………」
BもKも歩いた。
どうも方角が全く違つてゐるやうにかれ等には感じられた。しかしかれ等は何も言はなかつた。かれ等は疲れはてゝもゐた。もしここに馬賊が出て、持つてゐるものを皆な出せといへば、いふなりに何も彼も出してしま[#「しま」に傍点]ふより外に仕方がなかつた。草路は行つても行つても続いた。萱や篠や薄[#「萱や篠や薄」に傍点]が樹の枝の下葉とまじ[#「まじ」に傍点]り合つて斜[#「斜」に傍点]にさし込んで来る日影と促迷蔵をしてゐた。急にけたゝましい音が前に起つた。皆なは青くなつて立留まつた。
「何だ! キジだ!」
暫らくした後には、一行はかう言つて山ふところの方へ飛んで行く大きな鳥の翼を見送つた。
三
いつとはなしに、さつきの谷とはわかれて、今度は左に、草深い別の谷を見るやうになつた。山にも次第に近く迫つて行つて、まばらに立つた林の中からいくらか午後の日影に照された明るい空を仰ぐやうな形になつた。
一行は案内者を先きに、H、S、B、Kといふ順で歩いてゐた。中でもKは一番疲れてゐた。何ぞといふとおくれ勝ちになつた。それをBは気にして、何遍も何遍も立留まつて待つた。
「疲れましたか?」
「なアに、大丈夫です――」つとめて元気を振ひ起すやうにしてKは言つた。
「何しろ今日帰つて来るのは無理でしたからな?」
「でも、君間に合
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