あゝいふ人達はさういふところから階段を経なくてはならないからね? まア一二年仕方がないさ――」
「それでも奥さんがえらいですな。まだ若いのに、赤峰つていへば北京《ぺきん》から十日もかゝるつていふぢやありませんか?」
「でもな、細君でも一緒につれて行かなければ、一月だつてあんなところにゐられやせんからね」
「それはさうですな。それにあの奥さん子供はないし、美しいし、置いて行くわけにも行かないでせうからな」
 Bは黙つて聞いてゐたが、しかもさうした会話の中《うち》に若い美しい細君を発見せずにはゐられなかつた。Bは一種ロマンチツクな情緒を感じた。
 Bは海を眺め、煙突から湧き上る煙を見、遠く港外に漂つてゐるジヤンクの帆を見廻したりなどしてゐたが、しかも間もなく桟橋から船へとのぼつて来るその夫妻の姿を見落しはしなかつた。それに、今日の船旅では、尠《すくな》くともその人達が一番多く見送人を集めてゐたので、その周囲にはいろいろな色彩が巴渦《うづ》を巻いて、裾模様がチラチラしたり、ダイアの指環がかゞやいたり、派手な水色のパラソルに日影が照つたり、出帆の時刻が近づいて行くにつれて、談話が囁きに、囁きが
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