鞄をかつがせて、それを先に立てて、あとから並んで歩いて行つた。アカシヤの花の匂ひが茫とした黎明《れいめい》の空気に著るしく漲《みなぎ》り渡つた。
あとから歩きながら、
「わるくないね、君」
「さうですな…………」妻子を国に置いて本社の独身|者《もの》の寮舎に起臥してゐるBは、いくらか皮肉な調子で、「一晩中あの女は起きてゐましたよ。幾度目を覚まして見ても、あの女の白い顔が見えてゐました。先生眠いでせう! 宿について、湯に入つて、ぐつすり旦那さんと一寝入り――本当にわるくありませんね?」
「本当に羨しいわけだね…………」
私達はいくらか疲れたやうな、人なつかしいやうな、またかうした時に傍《はた》に自由になる美しい髪でもあつたなら、それこそ何んなに好いだらうといふやうな気持に微かに体を揺《ゆす》ぶられながら、徐かにレエルを此方《こつち》から向うへとわたつて行つた。黎明と言つてもまだほんのしらしら明けで、草木も野も山も総て全く眠りから覚めてはゐないやうに見えた。しんとしたアカシヤの緑葉の並木の中には、狭いレエルを持つた一条《ひとすぢ》の連頭路が真直《まつすぐ》に真直に続いてゐるのが見わたさ
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