十歳以前に読んだ本
――明治四十五年六月『少年世界』の為に――
坪内逍遥

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)泣面《なきつら》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ずん/″\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

 私は過去を語るのが強ち嫌ひといふ訳でもないが、前へ向つてする仕事が比較的忙しかつたので、曾て昔話をしたことが無い、随つて古い事はずん/″\忘れてしまつた。さうでなくとも、地体が記憶力の弱いはうで、忘れる事につけては名人なのだから、爰にかういふ題を掲げて見たものの、ねっから何も思ひ出せない。併し、若し其忘れっぽい私ですら、今尚ほ覚えてゐるといふ、十歳以前の熟読書といつたやうなものがあつたら、それは何等かの意味で注意するに足ることかも知れない。
 私は十歳以前は、美濃の太田といふ尾張藩の代官所で育つた。其頃はちょうど維新の真最中でもあり、十人の同胞中の一番末の子であつて、比較的甘く育てられて、怠け者でもあり、処は田舎でもあり、かた/″\で、十一歳の年に名古屋へ移住したまでは、殆ど何等の規則立つた教育といふ
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