ょうゆの中にわさびを入れてしまっては辛味はなくなる。しかししょうゆの味がよくなる。わさびは最も調子の高い味の素と心得てよい。
*だいこんおろしは新しくないと不味《まず》い。畑から掘り上げて間のない新鮮なのにかぎる。
*赤い身の刺身にはだいこんおろし。脂がこくてしょうゆが第一つかない。だいこんにしょうゆをしませて刺身につけて食べる。まぐろの場合など特に注意。
*白の刺身はわさびだけでいい。
*赤い刺身は飯の菜。
*白い刺身は酒に適す。
*刺身の茶漬けは美味。たい茶とかぎらず、刺身はなんでも茶漬けになる。煎茶《せんちゃ》のやや濃いめのものをかける。
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鶏
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*にわとりの美味は東京では食えぬ。ただし、洋食に出るにわとりは雛鳥《ひなどり》だから、ももの肉だけは相当食える。
*京、大阪がいい。わけても京都の鳥政の肉はいい。
*東京で皮の付かないにわとりを食って喜んでいるひとは、にわとりの味を知らぬひとといっていい。
*にわとりは皮ごとやわらかく食えるものにかぎる。
*にわとりは卵を生むまでの肉がいい。
*この頃食ってうまいものに合鴨《あいがも》、あひるがある。合鴨の青首はあひると同じ格好で区別がつかぬ。しかし煮てみると前歯で皮がプツプツと切れるのが合鴨、切れないでいつまでもしねしねしているのはあひる。
*水鶏《くいな》は冬より夏の方がうまい。鴨も夏池に残っているものはうまいだろう。
*あひるは昔は夏食べるものときまっていたものだった。
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牛肉屋のすきやき
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*東京の牛肉屋のタレは悪い。出来合いのタレの中に三割くらいの酒と、甘いから生《き》じょうゆ一割くらい加えること。
*ロースやヒレを食う時は肉の両面を焼くべからず。必ず片面を焼き、半熟の表面が桃色の肉の色をしているまま食べること。
*豆腐、ねぎ、こんにゃくなど、いっしょにゴッタ煮する書生食いの場合は別。
*ロース、ヒレはタレをよくつけて鍋で焼く。汁の中に肉を入れるのではない。
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蔬菜《そさい》
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*極力新鮮を採れ、畑からじか[#「じか」に傍点]が一等。たけのこ、まつたけなどは採取後も育って変質さえする。
*名高き野菜も古くては無名の新鮮に劣る。
*促成栽培を馬鹿にするな。促成には促成の美味がある。
*東京の野菜は食うより見る野菜が多い。
*しかし根岸しょうがのような名品もある。だがだんだん家が建てこみ、これも場違いになりかけている。
*えびいもは京都駅裏の九条、かぼちゃは鹿ヶ谷《ししがたに》、壬生菜《みぶな》は壬生が名産で他では出来なかったが、今は住宅となってだんだん場違いになりかけている。
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鼈《すっぽん》
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*九州柳川、江州《ごうしゅう》彦根及び八幡、雲州松江等の天然物が最良。
*京都の大市《だいいち》は天然産のすっぽんをほとんど一手に買い占め約七割、これでも不足を生じ、今は養殖を混用するにいたった。
*大きいのはいけない。精々二百匁内外。もしくはそれ以下。
*五分間か八分間くらいで甲羅の皮がやわらかくなる程度のものにかぎる。朝鮮産なんどの養殖は、三十分煮てもやわらかくならぬものが多い。
*食い方は京都の大市式が一等。昆布だし、かつおだしはまったく不用。
*煮方は水に酒を加えた汁仕立がよい。すっぽんのブツに切ったのを血みどろのまま、水八、酒二に薄口しょうゆを少し入れて、煮たてた中に入れて煮る。五分ないし八分で食べられる。
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河豚《ふぐ》
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*美食はふぐにとどめを刺す。その証拠にはふぐが出ると他のものは食えぬ。
*ふぐの刺身に優る刺身はない。
*ふぐの身皮(三河)の間の遠江《とおとうみ》というところは皮より美味い。
*ふぐの美味さはすっぽんなどの比でなく、いかなる美食も比べられない。
*下関のふぐには危険なし。
*ふぐには酒、煙草《たばこ》のような一種の止められない普通の味以外の味がある。
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底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
1933(昭和8)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネット
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