ぶた肉の雑炊も同断。ただし、うさぎ肉はなんとしてもうまくない。
鳥肉雑炊《とりぞうすい》
料理屋では、うずらをもって自慢気に作る習慣がある。蓋《けだ》し、うずらが一番美味であるからである。しかし、つぐみ、山鳥類、小鳥類、なんであっても、同じ用途として効果がある。それぞれ味に良否の区別はあるが、大同小異《だいどうしょうい》と知っておいてまちがいはない。ミンチにかけるなどの方法で肉を細かくし、これを米といっしょにお粥《かゆ》に煮て、出し汁をかけて食べるのも一方法であり、また、一法としては、微塵《みじん》肉にした鳥を、味付け煮にして、出来上がったお粥の中へ加えて、攪拌《かくはん》し、すりしょうがを加えて食べるのもよい。なんにしても、フーフー吹きながら食べるまでに、熱くなくてはうまくないことを、ぜひ心得ておくことが肝要。肉雑炊の冷えたのなどは、頼まれても食えるものではないからである。
なめこ雑炊
なめこは缶詰でよいから、缶から出したらザッと水洗いする。
缶六、七十銭のものを五人前に使えば適宜《てきぎ》といえよう。やはり、これも薄味付けしたお粥を拵《こしら》えて、できた粥の中へなめこを入れる。温まった程度でよい。煮過ぎるとなめこの癖《くせ》が出て食べられない。茶碗に六、七分目取り、餡《あん》かけ饂飩《うどん》の餡で、人の知る餡を別に拵えてかけて食べる。なかなかしゃれたもので、ぜいたく者ほど喜んでくれるもの。餡の上にすりしょうが一つまみ添えて出すことを忘れてはならない。
蟹《かに》雑炊
ずわいがにでも、わたりがにでもなにがにでもよいから、新鮮なかにの肉だけをむしり取り、これも粥がほぼ出来上がったところへ入れる。かにの身は粥の五分の一くらい、刻《きざ》みしょうがを加えれば、香気をよくする。缶詰のかにならばよく水をしぼって用いるとよい。缶詰|臭《くさ》いのは、しょうがを心してよけいに入れれば、ある程度までは防ぐことができるものである。これも餡をたっぷりかけて出すのが一番よろしい。
焼き魚の雑炊
雑炊に禁物なのは、生臭《なまぐさ》いことである。ゆえに生魚で作ることは考えものである。焼き魚であればたい、はも、はぜ、きすなどは最上である。さば、ぶり、いわしなどは臭気があって適材とは申されない。
概《がい》して、たいのような赤色皮の魚がよい。青黒色の魚はなんであっても感心しない。しかし、青黒皮のはもは例外の佳肴《かこう》である。要するに、焼き魚という条件を中心にして工夫すべきである。わざわざ素焼《すや》きにしても可、塩焼き、付け焼きともに可。宴会|土産《みやげ》の折り詰の焼き魚を利用するなども狙《ねら》いである。この雑炊《ぞうすい》には、薬味《やくみ》ねぎに刻《きざ》んだものを、混合さすことなどは賢明な方法である。刻み、あるいはすりしょうがを加えることも大きな必要事項と知っておくべきである。この雑炊に対する一大注意事項は、絶対に骨と鱗《うろこ》とを混ぜぬ用心である。些細《ささい》な骨一本混ざっただけで、もはやこの雑炊は安心して食べていられなくなるからである。
以上の他《ほか》に、しゃれた雑炊は無数にある。いちいち挙げてはいられぬくらいのものである。
青菜《あおな》の雑炊……青菜を琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]翡翠《ろうかんひすい》にして出す。生の千切りだいこん雑炊……だいこん煮込み飯《めし》に似たものの雑炊。天下のピカ一ふぐ雑炊。白魚《しらうお》と青菜の雑炊。若鮎《わかあゆ》の雑炊。このわたの雑炊。牛肉のカレー雑炊。ウドの雑炊。木の芽雑炊。うずらの卵、はとの卵、新筍《しんたけのこ》の雑炊等、私のかつて体験した、あるいは自作したものだけでも未だ数十が挙げられる。
もう一度繰り返せば雑炊の要《かなめ》は、種の芳香《ほうこう》を粥《かゆ》にたたえて喜ぶこと。熱いのを吹き吹き食べる安心さ。なんとなく気ばらぬくつろぎのうまさなど、今や雑炊の季節ともいいうる。
底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
2004(平成16)年10月18日第1刷発行
2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「朝日新聞」
1939(昭和14)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年1月14日作成
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