まりバカにならぬことになった。というのは、これを油漬けにしてサンドイッチに使ったというのである。すなわち、米国では鬢長《びんなが》まぐろのサンドイッチを発明してこれが流行したのである。日本では薄遇《はくぐう》の鬢長、米国にもてるというので、一昨年のことだ、漁村の仲買人《なかがいにん》はいっせいに輸出準備をしたのであったが、時も時、鬢長君なにを感じるところあったか、自身米国近海に遊泳したので、昨年は米国において鬢長大漁とあって、日本の鬢長は再び断髪《だんぱつ》流行の日本に薄遇をこうむることになった。
まだこのほかに東京人の賞美するまぐろの類《たぐい》に、かじきがあり、きはだがある。また、めじという小さなのがあるが、これはその味わいもまぐろの感じよりかつおに近く、これを賞美する方も、その感じで食っているからまぐろとしての話柄《わへい》から除く。さて、このきはだやかじきという奴《やつ》も、東京には年中あるようなものだが、十二月より三月ごろにかけてあるものは、おおむね台湾《たいわん》からやってくるので、いわゆる江戸前《えどまえ》の美味《うま》さはない。なんといっても、きはだは八、九月ごろ、沼津、小田原|辺《あたり》からくるものが江戸前である。かじきは房州銚子《ぼうしゅうちょうし》、東北三陸よりの入荷が一番とされている。長崎からもくる。以上のように、宮古《みやこ》のしびまぐろ岸網《きしあみ》ものを第一として、これから季節とともに、だんだんとまぐろ好きをよろこばす次第である。
まぐろの話をすると思い出すが、かつて私は大膳頭《だいぜんがしら》であった上野さんに、宮古のまぐろをすすめたことがある。その時、上野さんは、
「こんな美味いまぐろを未だかつて食べたことがない」
といわれた。必ずしもお世辞ばかりではなかったらしい。われわれから考えると、いやしくも宮内省《くないしょう》の大膳頭である。およそ天下の美食という美食、最上という最上、知らざるものなしといった調子のものであろうと想像していたのとは、案外の言葉を聴いたのであった。それならばと、このまぐろは宮古の産であって、この肉はしかじかの部分だということを説明した。上野さんの頭の中には、御上《おかみ》のさる御一人が、まぐろを好ませ給《たま》うので、このような最上のものがあるとするなら、献上してみたいという考えがあったのではないか
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