梅にうぐいす
北大路魯山人

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)啼《な》く

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)年|毎《ごと》
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 ある日……なんでもわたしの話はある日である。何月、何日といわねば気に入らぬひとがあったら、なんでもある日で片付けるわたしの話は気に入らぬかもしれぬが、わたしはつまらんことは一切覚えないことにしている。だからある日である。
 ある日のこと、わたしは一人の歌人と話をした。名はいわぬ、というより忘れた。名まで覚えてありがたがるほどの歌人は稀にしかいないものだ。稀にだっていればこんなありがたいことはないが、まあ日本に一人いるか二人いるかくらいなものだろう。
 さて歌人だが女のひとである。長身で化粧をしない顔は、いくぶんやせてはいるが、わたしからなにかを聞き出そうとして一生懸命になっているらしい。
「先生、先生はまず材料だとおっしゃいますが、そのお話はよくわかりました。ではその材料の取り合わせでございますが、そのことについてお伺いしとうございます」
 わたしは、このひとは歌人だから、歌の話に寄せて説明すればいいだろうと考えた。
 そこで、
「あなたは歌を作られるそうだが、どうですか、まあ歌のことから考えてみてください。うぐいすの歌を作ろうと思われたら、いや作りたい時に、うぐいすにはなにを配しますか」
 歌人はつつましく、ハンカチをひねくりまわしつつ、ちらりとわたしを見ていう。
「うぐいすの歌でございますか」
「さよう、あのホーホケと啼《な》くうぐいすのことですよ」
 歌人はつつましく笑う。
 なにがおかしいのかわたしにはわからぬが歌人は笑う。大ていの女のひとというものは、おかしくなくとも、なにかいわねばならぬ時には笑うものだと思っているから、別にわたしが笑われたと思っていないが、この歌人も女の例にもれずホホと笑った。まさかうぐいすの真似ではあるまい。
「あの、うぐいすの歌を作ると申しましても、それはいろいろございますわ、ホホ」
 ここでまた歌人は笑う。女のひとはいくつですかと聞かれると、大ていホホホと笑う。いいお天気ですね、といってもホホホと笑う。そんなに楽しいかというとそうではない。楽しくなくとも笑うものらしい。
 わたしはそこで、
「料理だって、まぐろの刺身と、なんとを取り合わせるといっても、やはりいろいろあるとお返事するより仕方がないでしょう」
「ホホホ」
 ここでもまた歌人は笑う。ホホホといったのだからケキョと啼くかと思えるばかりのあでやかな声である。
 あまり長居されても困るので、こっちから話し出さねばならぬ。
「うぐいすに配するなら、さしずめ梅というところでしょうね」
 女流歌人は、意外という顔つきで、こんどは笑わない。
「先生」
「うん……」
「梅にうぐいすでございますか」
「さよう」
「あの、梅にうぐいすなどは、歌の方で申せば、あまり使い古されておりますんでございますが……いかがなものでございましょう?」
「使い古されているのは、歌のほうの話でしょう。梅は年々新しい蕾《つぼみ》を持つ、うぐいすは年|毎《ごと》に新しく生まれますよ、奥さん」
 彼女はいおうかいうまいかと、しばしハンカチをひねっていたが、思い切っていった。
「先生、梅にうぐいすでは、あの、あまり陳腐ではございませんでしょうか」
 わたしは呆《あき》れて尋ねた。
「それでは伺いましょう。あなたはなんのために歌を作られるのでしょう。いや、なんのためといって悪ければ、なにを表現しようとなさいますか」
「それは先生、真実を表現することでございますわ」
「真実を表現するためには、真実を見出《みいだ》すことが必要ではないでしょうか」
「もちろんでございますとも」
「それならうぐいすはどんな木に止まりますかね」
「それは、だからいろいろでございますわ」
「うーむ。これはおもしろい。あなたのうぐいすは浮気ものですね。わたしの庭に来るうぐいすは、やはり、梅の木に止まります。毎年春になると、母親のうぐいすが、子供をつれて梅の木にまいりますよ。そして母うぐいすが、子うぐいすに、うたを教えるのです」
 歌人は驚いたようにわたしを見つめている。
 わたしはかまわず続ける。
「梅にうぐいすということは、言葉の語呂のよさでもなく、絵描きの都合上そうなったのでもない。やはり、うぐいす自身の自由な意志で、梅の木に止まるのですよ。それを見た絵描きが、いつもうぐいすが梅に止まるので梅にうぐいすを描いた。他の絵描きも描いた。年々このようにして梅にうぐいすが描き継がれてきた。歌人もこの事実を歌った。そして、幾春秋、梅にうぐいすは一つの真実の美から、概念の美になってしまった。あなたは新しいものを歌おうとされる。だが昭和のモ
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