方へ入って来る。そこがうなぎの習性で、うなぎは岩かなにかに触れたとでも思うのだろう。そして穴の中へもぐり込むような気で手の中へぐうっと入ろうとする。こうしてうなぎの体に力の入った瞬間に、職人はすっとそれを前へ押し出すようにして俎上《そじょう》に載せてしまう。だから見ていると実に不思議なほど簡単だ。それを知らないでだね、あったかい手をして首玉のあたりを握ったりなんかするから、うなぎはくねくねして扱いにくい。名人とかいわれるほどの職人はそこがちがうんだ。そしてとんと首のところを打って、うなぎが一瞬間精神|朦朧《もうろう》として、ぼんやりしているところにつけ込んで、クー、クー、クー、と三遍で尻まで裂いてしまう。この技術は関西では見られない。東京の職人のいいところだね。
 だがこのうなぎ裂きよりむずかしいのは、どじょう裂きだ。素人はどじょうの方がやさしいと思っているがどじょうには細かい肋骨《ろっこつ》がある。あれを肉の方へ残さず、といって骨の方へ肉をつけずに、具合よく裂くということがなかなか容易でない。僕もずいぶんやってみたが、うまくいかんものだ……。

       飢餓は食を弁ぜず

 そ
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