たりまえのことなら、伺いたくないのです。先生、本当のことをききたいのです」
「あたりまえのことが、一番本当のことだよ。君は、本当のものを見ないから見まちがうのだ。耳は、本当のことをききたがらない。舌は本当の味を一つも知らないから、ごまかされるのだ。手は、あたりまえのことをしないから、庖丁で怪我《けが》をするのだ」
「分ったようで、分りません」
「そうだ、なかなか、あたりまえのことは分りにくいものだ。いや、分ろうとしないのだよ。ハハハ……。いろいろききたければ、わたしが、近々本を出すから、それを読んでくれるといい。それには、あたりまえのことしか書いてないが、多分、君の聞きたいことがみんな書いてあると思うよ」
「そうですか、ぜひ、読ませていただきます」
 客は帰りぎわに、なにか書いてくれといった。玄関へかけるのだという。そこでわたしは、さっそく客のいう通りに、色紙をとりあげ、筆をもった。
「玄関へかけるのですから」
 客は、念を押して頼んだ。
 そこでわたしは「玄関」と書いて渡した。
「先生、玄関と書いてくださったのですか」
「そうだ」
 客は、まだなにかいいたそうであったが、なにもいわず
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