車蝦の茶漬け
北大路魯山人
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)吟味《ぎんみ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)八|匁《もんめ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)まき[#「まき」に傍点]
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えびのぜいたくな茶漬けを紹介しよう。これまた、その材料の吟味《ぎんみ》いかんによる。これから述べようとするのは、東京の一流てんぷら屋の自慢するまき[#「まき」に傍点]と称する車えびの一尾七、八|匁《もんめ》までの小形のもので、江戸前《えどまえ》の生きているのにかぎる。横浜|本牧《ほんもく》あたりで獲《と》れたまきえびを、生醤油《きじょうゆ》に酒を三割ばかり割った汁で、弱火にかけ、二時間ほど焦《こ》げのつかないように煮つめる。
こんなえびは誰の目にも無論見事だし、一尾ずつで上等のてんぷら種になる材料だから、よほど経験のある食通《しょくつう》でなければ、やってのける度胸は出まい。これをいきなり佃煮《つくだに》風にするのは、もったいない気がして、ちょいとやりきれないが、それをやりおおせるなら、その代わり無類《むるい》のお茶漬けの菜《さい》ができるわけだ。つまり、本場の車えびを醤油と酒で煮た佃煮《つくだに》である。
例のように熱飯《あつめし》の上に載せる。茶碗が小さければ半分に切ってもいい。それに充分な熱さの茶を徐々《じょじょ》にえびの上からかける。すると、醤油《しょうゆ》は溶けてえびは白くなる。やがて、だし[#「だし」に傍点]が溶けて、茶碗の中の茶は、よきスープとなって、この上なく美味《うま》いものとなる。
季節はいつでもよいが、夏など口の不味《まず》い時に、これを饗応《きょうおう》すれば、たいていの口の著《おご》った人でも文句はいわないだろう。
えびは京阪《けいはん》が悪くて、東京の大森、横浜の本牧《ほんもく》、東神奈川|辺《あたり》で獲《と》れる本場と称するものがいい。こういうものを賞味するようにならなければ、食通とはいえまい。
この食通も、てんぷらなら二十や三十はわけなくペロリと平らげるが、茶漬《ちゃづ》けという名がつくと妙におじけだす。
底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
2004(平成16)年10月18日第1刷発行
2008(平成20)年4月18日第
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