塩昆布の茶漬け
北大路魯山人

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)駄目《だめ》
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 私の語るのは、ことわるまでもなく趣味の茶漬けで、安物の実用茶漬けではない。そのつもりで考えていただきたい。
 とは申しても、もともと昆布のことであるから、さして高価なものではない。ところで塩昆布だが、そこいらに売っているものでは、まず駄目《だめ》だ。所詮《しょせん》、昆布がよくて、これを煮る醤油《しょうゆ》がよくなくては駄目なので、この点、売りものの仕入れ品などは適当でない。
 この昆布は京都の松島屋、東京ならば築地魚河岸《つきじうおがし》の特産店、日本橋室町《にほんばしむろまち》の山城屋とかが取り扱っているものだ。つまり、だし昆布の上等でなくては駄目なのである。京都には、こういう店はいくらもある。
 醤油はヤマサくらいでよいだろう。また、塩味の好きな人は醤油に塩を加えるのもよかろう。塩を加えた昆布の佃煮《つくだに》は、塩でじゃきじゃきする。それまで煮つめるのが美味《おい》しい煮方である。しかし、直火《じかび》ではなく、湯煎《ゆせん》で煮つめるのである。一段と美味《うま》く煮るのには、醤油一升を使うとしたら、その中に酒を三合ほど入れるがいい。酒のおかげで美味い塩昆布になる。煮た塩昆布をそのまま茶漬けにするのも、もとより異存はないが、山椒《さんしょう》の好きな人は、山椒の実の若くやわらかい時に、昆布といっしょに煮るといい。あるいは唐辛子《とうがらし》などを入れるのもいい。または関西ものの「ちりめんじゃこ」をいっしょに煮るのもいい。雑魚《ざこ》という原料の相違によって、東京のは例え昆布がよくても問題にならない。雑魚と昆布と煮たものは、さかなの味と植物の味の関係でなかなか美味い。ただし、この場合の雑魚は小さなのを選ぶべきである。要するに、前述のどれでもいいが、例のごとく飯《めし》の上にのせて、煎茶《せんちゃ》のよいのをかけて茶漬けとする。
 茶漬けは、なにもかもが口に不味《まず》い時、例えば盛夏《せいか》のように食の進まぬ時、もっとも適当な美食として働く。塩昆布などで茶漬けをやる時は、沢庵《たくあん》漬けなど、むしろない方がいい。



底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2004(平成16)年10月18日第1刷発行
   2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1932(昭和7)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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