はう。』僕はしばらくあと見送つたがまず/\家へ帰れたと思ふと嬉しくなりそのまゝ中へ駆け込んだ。豊子は帰りの遅いのを心配して居た矢先大変悦んだ。彼女の顔を見て始めて生きかへつた様な気持になつた。しかし僕は出会したこの怪しい事物に関しては誰にも何事も話さなかつた。何だか言つては悪い様に感じたのである。それにしても僕はどうして知らない間にこゝまで送り返されてしまつたのであらう。僕は気が付いた。さうだ。彼は催眠術を使つたのだ。催眠術――此言葉は僕を非常に不安ならしめた。若しかすると僕は何かの暗示を受けてしまつたかも知れないぞ。彼はいつか睡眠中の暗示が覚醒後尚有効なる事を語つた。その後多年必ず彼は多くの方術を体得したに相違ない。彼はしかも『第五日の夜にまた会はう。』と言つた。僕は俄に恐ろしくなつた。その夜豊子にもう帰らうと提議したが豊子は大に笑つて僕の臆病をくさした。豊子だつて僕が山中で会つた事を話せば必ず帰京に同意したらう。けれども僕はどうしてもその事を人に言ひ得ないのであつた。一種不思議な力がわが唇を止めたので。

(八) 眼が血走つて来た

 その翌日から僕は何となく変調を呈して来た。何と
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