かそれとも住居か。地上を探して見るが何の紋様もない、土器の破片の外何も落ちて居ない。そこで右の入口から次の室へ這入つた。次の室もほゞ同形である。懐中電燈の光を中央部に向けた時僕は昂奮した。そこには長方形の石棺が置かれてある。して見ると此は古代の墓所であつたのだ。それに近づいてよく検査した時『是は意外な発見だ』と思つた。それには推古時代の物と推定し得る紋様がある。そして奇妙な唐草が棺の蓋に着いて居る。『どうしてこんな山中にこんな貴族的な棺があるのだらう』と思ひつゝその唐草を精密に見て居ると僕はふと奇妙な事を発見した。それはその石蓋の横面に当つて一つの石の割目が着いて居てそれから垂直に棺に線が這入つて居る。驚いた事には棺の横面は一枚の戸になつて居るのだ。変だなと思つてその戸をいぢつて見るが開かない。ふと偶然に手が蓋の隅にある一つの花の彫物にさはつた。するとその花ががた/\動くのである。僕が指でそれをぐつと推した時不思議や棺の横はがたんと下へ下りた。そして覗き込むと棺の下は縦坑になつて居るのであつた。その中から微かに灯の光が反射する。僕はぎよつとした。『この中に人間が居る。』と思ふと同時に忽ちあの賊の噂を思ひ出した。さては俺は別荘番の言つた向ひの山へ這入つたのだなと思つてよく考へると確かにさうである。山はU字形になつて居る物だから、あの谷を伝ふ内にこつちへ這入つてしまつたのであつた。して見るとこの中には賊共が居るのだ。さう考へると一条の戦慄が全身を襲つたが、しかし僕は随分胆は太い方であり旦その場合非常に落着いて来た。一つそつと中の様子を見てやらうと思ひ立つた。この縦坑は四五尺で横坑になつて居る。灯はその先からもれるのである。僕はそつと身をしのび入れた。そして横坑へ下りた。身を屈めて灯の方へ這つて行くとこの横坑の先は或大きな室の壁と天井との境に開いて居るのを悟つた。そつと首を出して室内を見下ろさうとした刹那、何者かの太い手が僕にとびついたかと思ふと僕はずる/\と室内へひきずり落された。有無を言はせず僕の身体は二人の恐ろしい相貌の男に縛られてしまつた。そしてその室の左手の戸を開いて次の室へと突きoされた。僕はびつくりした。この室は実に華麗な室で壁は真紅の織物に張られ瓦斯の光晃々として画の様である。中央の椅子に一人の立派な男が坐して居る。男達は僕をその前に引据ゑた。その時僕は顔を上げてこの男の顔を見上げるとふとその顔に見覚えのある様な気持がした。そしてじつとその顔を打眺めた。未だ三十代の、若い鋭い顔立の如何にも威ある男である。その眉は濃く眼は帝王の様な豪放な表情を有つて居る。忽ち僕は思ひ出した。『さうだ。是は彼だ。是こそ久しく会ひたく思つて居た彼の野宮光太郎だ。』と。
(五) 不良少年と美少年
此で僕は話をすこし変へなければならない。それは未だ僕が中学の三年時分であつた。僕は当時中学によくある様に美少年だと云ふ評判を専らにして居た。多くの年長者から愛せられたが此野宮光太郎程僕に深い感銘を与へた人物は無かつた。彼は当時五年級であつた。教師側からは蛇蝎の様に思はれて居た不良少年であつたが、奇体に生徒間には神の様な権力を振つて居た。まつたく彼には不可思議なチヤームがあつた。彼は沈黙家で色青白く常に恐ろしくメランコリツクな顔つきをして居た。腕力は恐る可き物があり柔道撃剣ランニングあらゆる運動に長じて居た。彼はよく争闘をしたが非常に遣口が残忍執拗で、彼と喧嘩した者は必ず恐るべき苦患を受けなければならなかつた。学校教師さへ彼に向つては何事も命令されない位彼を恐ろしがつた。成績は劣等であつたが何故か数学のみには異常な才能を持つて居り、またそれを好んだ。僕と彼との交際は一年生の時から始まつた。彼は僕に恋し僕を自分の家へ始終いざなつた。そして毎日彼とばかり遊んだ。彼は両親なく独りぽつちで、或寺院の一室を借りて可成り贅沢に暮して居た。僕には決して悪い事を教へなかつたから僕はすこしも彼の悪い感化を受けなかつた。しかし僕の家庭では野宮と遊ぶ事を禁じたが、禁じられる程僕は彼に執着し、遂には病的な強い恋情をさへ起す様になつた。丁度野宮が五年級の始めあたりから彼は催眠術の研究をしきりに遣り始めた。そして僕は常にその相手をさせられた。常時野宮に依つて眠らされる事が異常な快楽であつた。眠れる間何んな事をしたかはすこしも覚えないのであるが、野宮が様々な力法を眠らす為に施す時言ひ知らぬ嬉しさを感じた。そして遂には野宮の一瞥で全然自己意識を失つてしまふ位になつた。野宮の方でも余程この術に巧になつたらしかつた。かくて僕が四年級に上つた春彼はもう学校を出なければならなくなつた。彼は或数学の学校に這入ると言つた。その学校は東京にあり我等の中学は九州の田舎にあるのだから、二人の別
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