その弟は奇体な赤ん坊として村中の大変な噂であつた。それは右足の裏に三日月の形をした黄金色の斑紋が現はれて居るからである。
或る日赤ん坊を見たその旅の易者は、「此の子は悪い死様をする。」と言つたさうだ。今思ふと怪しくも此の予言は的中した。俺も幼心に赤ん坊の足の裏の三日月を実に妙に感じた。其時はまた俺にとつて実に忘れ難い年であつた。それは父が十月に急に死んだ事であつた。父は遺言書を作つて置いて死んだ。俺と母とは一万円を貰つて離縁された。家は三つ上の長男が継ぐことになつた。父は親切な人であつたから、俺等|母子《おやこ》の幸福を謀つて斯く遺言したのである。事実に於て母と義母との間には堪へざる暗闘があつたのであつた。義母が家の実権を握れば吾母の迫害せられることは火を見るよりも明かであつた。そこで吾等二人は父の葬儀が終ると直に東京に出て来た。それ以来俺は一度も国へ帰らず又国の家とは全然没交渉になつてしまつた。二人は一万円の利子で生活する事が出来た。母は芸妓気質の塵程も見えぬ聡明な質素な女であつた。
十八歳の時彼女は死んだ。以後俺唯一人暮し遂に詩人としての放埒な生活を営むに至つた。是が吾経歴の大
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