分を信じて居たが、それでも要するにえたいの知れない変物とよりほか解らなかつた。
(二)
かゝる事を思ひつゝいつしか九段坂の上に立つた。眺むれば夜の都は脚下に展開して居る。神保町の燈火が闇の中から溢れ輝いて、まるで鉱石の中からダイヤモンドが露出した様である。自分は坂の上下を見廻はした。金子が多分此処で自分を待ち合はして居るんだらうと思つたのである。が誰も其らしい物は見えなかつた。大村銅像の方をも捜して見たが人一人居ぬ。約三十分程九段坂の上に居たが遂に彼の家に行つて見る事にした。彼の家は富坂の近くにある。小さいが美麗な住居である。家の前へ来ると警官が出入りして居る。驚ろいて聞くと金子は自殺したのだと云ふ。すぐ飛び込んで見ると六畳の室に金子が友人二三人と警察の人々とに囲まれて横たはつて居た。火箸で心臓を突刺して死んだのである。二三度突き直した痕跡がある。其顔は紫白色を呈して居るがさながら眠れる様である。医師は泥酔で精神錯乱の結果だらうとした。自殺者の身体には甚だしい酒精の香があつた。時刻は今し方通行者が苦痛の唸声を聞きつけてそれから騒ぎになつたのだ。
何の遺書もなかつた。が自分には
前へ
次へ
全19ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
村山 槐多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング