た時俺は鉄の捧で横つ腹を突飛ばされた様に躍り上つた。見よ右足の裏には赤い三日月の形が現はれて居るではないか。君は此文書の最初に吾弟の誕生の事が記されてあつたのを記憶して居るであらう。考へて見ればかの赤ん坊はもう十五六歳になる筈だ。恐ろしい話ではないか。俺は自分の弟を食つてしまつたのだ。気が付いて少年の持つて居た包みを解いて見た。中には四五冊のノートがあつた。それにはちやんと金子五郎と記されてあつた。是は弟の名であつた。尚ノートに依つて見ると弟は東京を慕ひ、聞いて居た俺を慕つて飛騨から出奔して来たことが分明《わか》つた。あゝ俺はもう生きて居られなくなつた。友よ俺が書き残さうとした事は以上の事である。どうぞ俺を哀れんで呉れ。
文書は此で終つて居た。字体や内容から見ても自分は金子の正気を疑はざるを得なかつた。金子の死体を検査した時その舌は記述の通り針を持つて居たが、悪魔の顔と云ふのは恐らく詩人の幻想に過ぎまい。
底本:「村山槐多全集」彌生書房
1997(平成9)年3月10日増補2版発行
入力:小林徹
校正:山本奈津恵
1999年1月23日公開
2000年11月3日修正
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