な人騒がせな、迷惑極まるものをゴロゴロピカピカ至るところに暴れさせるのだろうか? と、私は慨嘆これを久しゅうしたことであった。カタコトの英語を振り廻して難儀しながら外国人にまで雷のことを聞く男であったから私はもちろん、日本人にはなおのこと、聞いてみる。
 時に、どうです、あなたのお国の方は、雷は酷《ひど》いですかね? なぞと、他人事《ひとごと》みたいな顔をして聞いてみる。そこで今、その蘊蓄《うんちく》の一端を羅列してみると、まず満州、昔はサッパリ鳴らなかったが、日本人が入り込むようになってから、大分鳴り出したという話。ただし、あんまり強くはねえそうだ。次は札幌を中心とした北海道、これも以前はあまり鳴らなかったが、最近は内地並みに鳴り出したという話。もちろん酷いことはないであろう。京都は酷い。熊本も酷い。甲府も酷い。殊に酷いのは、富士山麓地方。
 関東では、日光から出て、宇都宮方面へ流れ出してくる雷雲。負けず劣らず酷いのが、伊香保《いかほ》を中心として榛名《はるな》をめぐって、前橋、高崎あたりを襲うやつ。この辺のは、ガラガラゴロゴロなぞという生易《なまやさ》しい音ではない。ズバン! ズバン! バリバリバリバリババーン! と頭の上ではなく、空の横ッチョあたりのところから紫色の火花を散らして、釣瓶《つるべ》打ちにして雷撃してくる。もう一つ酷いのが、軽井沢、そして信州の山岳地帯。上州や信州では、毎夏必ず五人や十人は雷のために死人が出る。だから私は、自分の故郷でありながら、上州や軽井沢の方へは、絶対に足を向けないのだ。あんなところに住んでる人の気持が知れん! とある時私は、以上のような話を、ある小説家にしたことがある、と思ってくれ。
「驚いたね、これは!」
 とその小説家先生が腹を抱えたから、雷学の私の蘊蓄《うんちく》のほどに驚嘆したか? と思いの外《ほか》、
「君は小説家だと思ったら、これは驚いた。雷専門の、雑学者だね。私設雷専門取調委員長ってところだね……つまり……ソノ……臆病なんだな」
 と吐《ぬか》したには、腹が立った。以来私は、この小説家とは道で逢っても、口もきかん。
 ともかく何と笑われても私は雷が怖くて、恐ろしくて仕方がない。雷を嫌悪し憎悪し、恐怖し、呪詛《じゅそ》し、戦慄《せんりつ》するもの私のごときはないであろう。そしてこれをもってこれを観れば、私という人間
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