…もう今からでは遅いけれど、あれだけのすぐれた天分があったのに、戦争でこんな辺鄙《へんぴ》なところに引っ込んで、才能を磨かせられなかったのが残念ですわ……ほんとうに残念ですわと、いつかジーナのいったことを思い出したのです。
しかもそれをいうとかえってスパセニアの方が、ジーナを慰めてくれるというのです。ピアノやヴァイオリンの奏法なら独学ではできないかも知れないけれど、作曲なら独学だって、山の中に住んでたって、できるわ。べートゥヴェンは聾《つんぼ》になっても、作曲したわ。バヴロヴィッツは盲目《めくら》で作曲家になったわ、わたしもなるわ……ひとりで勉強して山の中で作曲家になってみせるわ……。
バヴロヴィッツというのは、ユーゴ一といわれる作曲家だそうです。海風に髪を嬲《なぶ》らせている、繊《ほ》っそりとしたスパセニアの姿を眺めているうちに、私は勝気なくせに淋しそうな娘の、美しいからだを力一杯抱き締めてやりたいような、またいつかのジーナに対するような熱情を感じました。
「ピアノができなくたって、学校なんかできなくたって、いいじゃありませんか、かまわないじゃありませんか! 貴方《あなた》は綺麗
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