ていても気が気ではないのです。
 永い秋の日を、一日一杯|寝椅子《ねいす》で安臥《あんが》している病院生活の間中、寝ても醒《さ》めてもただうつらうつらと、日となく夜となく頭の中で私にほほえみかけてくるものは、ただジーナとスパセニアの二人だけだったと申上げたら、その時の私の焦慮と焦心が察していただけるかも知れません。そして、頭を掻《か》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りたいほど、ただ自分の意気地のないからだが……、いいえ、からだというよりも、二十三にもなる大《だい》の男の身でありながら、自分の思うに任せぬひとり息子の身の上を、どれほど情けなく思ったか知れません。
 そんなに気を揉《も》んでいたのなら、行くことができなければ、せめて、手紙でもどんどん出してたらいいじゃないかと、先生はお思いになるかも知れませんけれど、相手があの二人の場合には、手紙ということがまったく私には、不可能に近いのです。
 というのは、日本へ来ている外人たちと同じくジーナでもスパセニアでも、聞くこと話すことは、日本人と寸分変りない流暢《りゅうちょう》さですが、字だけは全然読むことも書くこともで
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