の性格をよく知っていますから、知り合いになったこの家に、ジーナとスパセニアという、妙齢《としごろ》の美しい娘がいるということなぞは、絶対に洩《も》らしてはいません。親の安心するように、家《うち》の立派なことや景色のすばらしいこと、そして主人が外国帰りの教養のある鉱山技師だというようなことばかりを並べたてていたのです。
が、それでも私の帰京が遅れれば、迎えを出すという騒ぎです。また実際、二十幾つになる息子に迎えもよこしかねない、子煩悩《こぼんのう》な親なのです。そしてその迎えでも来て、ここに混血児《あいのこ》の娘たちがいて、それが今まで私の足を釘付《くぎづ》けにしていたのだということなぞがわかったら、家中でどんな騒ぎを起さぬとも限りません。私は父の手紙を受け取って初めて、楽しい夢幻の世界から、また現実の儘《まま》ならぬ世界へ、引き戻されたような気になりました。ともかくその手紙を見せて名残は惜しいが一先《ひとま》ず帰京することに決めました。ジーナもスパセニアももうしばらくいらっしゃい……もうちょっとと引き留めて已《や》みませんでしたが、そういうわけなら親御《おやご》さんも心配しておいでだろうから、お帰りになるのも已むを得ぬ。その代り、夏休みになったらまたぜひ、遊びに来ていただいたらいいじゃないか……という父親の言葉に、不承不承承知して、途中まで送って来てくれることになったのです」
「それで、お帰りになったというわけですね?」と、私がうなずいた。
「そうなんです。……それで娘たちは、大野木まで送って来てくれたのですが……」
と、いいかけて、病青年は言葉を切った。
「そう、そう……一つ、いい残していることがありました。どうしても忘れられないのは、その発《た》つ前の日に……そのことも、もう一つ、申上げておきましょう」
七
その父親からの手紙が来て、いよいよ帰ると決まったら、娘たちはやいやいいいましたが、結局父親が言葉を挿《はさ》んで今いったとおり、帰ることにしました。が、それにしてもそう決まったら、もう一日だけ遊んでって下さいというわけで、中一日おいた明後日《あさって》の朝早く帰ることに決めました。
そしてその翌《あく》る日は、いよいよ今日がお名残の日というので、また岬から工事場の跡、湖の畔《ほとり》まで姉妹《きょうだい》と連れ立って、遊びに出かけましたが、その日はとても蒸し暑い日でした。いくら暑くても、まだ六月半ばですから、水が恋しくなるというほどでもありません。が、それでもいよいよお別れだというので、娘たちはどうしても例の、ウォーターシュートを実験して見せなくては、気が済まなかったのでしょう。
六蔵にいい付けて、到頭水門の扉を全部あけさせてしまいました。そして奔流のように流れ出てくる水の上へ、波乗り板と同じくらいの大きな板をうかべさせて、私にもぜひ乗ってみろ乗ってみろ! と勧めるのです。絶対に危険はないというのですが、逆巻く矢のようなこの急流を見ると、さすがに尻《しり》ごまずにはいられません。
「じゃ、わたし、やってみるわ!」とお侠《きゃん》なスパセニアがまず、上衣《うわぎ》を脱ぎ始めました。誘われてジーナも笑いながら、無言で上衣を脱ぎ始めるのです。私には溝渠《インクライン》の傍らの道を下《くだ》って一キロばかり下の第一の曲り角のところまでいって欲しい、そこで止《や》めて岸へ上がって、一緒にまたこの道を戻って来ようというのです。
承知して私は道を下り始めましたが、姉妹《きょうだい》は湖でボートでも漕《こ》ぎながら私が曲り角近くまで下ってゆくのを計っていたのかも知れません。私が三分の二くらいも下って来て、遥《はる》かの下方に曲り角を俯瞰《みおろ》すあたりくらいまで来た時に上流からまずスパセニアの姿が、ポツリと板に乗って視界に入ってきました。
段々に大きく、向うでも私の姿を認めたのでしょう、笑いながら手を振っています。間もなく姿は大きく、ついそこの上流に! 板の上に突っ立っているところを、見せたかったのでしょう。豊満な水着姿が、つと立ち上がったと見る間もなく、たちまち中心を失って、ドボンと水煙立てて!
ハッとして中をのぞきこんで見たら、慣れてるとみえて水に押し流されながら、また板に取り付いて這《は》い上がりながら私の方を振り返って笑って、そのまま姿は曲っていってしまう。続いてこれも板に乗った、ジーナが! さすがにスパセニアのように、お転婆な真似《まね》はせず温和《おとな》しく広い板の上に腰を降ろして、手を振りながらやがて曲っていってしまいました。姿は見えなくなっても私の眼の前から、今の二人の姿だけは消え失《う》せないのです。なんという、人魚のような婀娜《あで》やかさだろうと思いました。頸筋《くびすじ》、背
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