しまったのです。
もちろん、私の心の中からこの家に対する不思議さが、消えてしまったわけではありません。なぜ、こんなところにこの人たちは住んでいるのか? そしてこの家にはなぜ、母親がいないのだろうか? なぞと、いいえそんなことが、不思議だったくらいではありません。今夜娘たちの話を聞くと、いよいよ謎《なぞ》のように解けぬものが、私の心の中で止め度もなく、拡がってくるばかりです。
妹のスパセニアの話によれば、父親は鉱山技師だというのです。あの周防山《すおうやま》の麓《ふもと》から、明日私の行こうとしている小浜《おばま》のこっちの大野木村の入口まで、この広大な土地を持っているということは、容易なものではありません。大変な金持です。その大金持が、なぜ世の中に隠れて、こんな淋《さび》しいところに引っ込んでいるのか? 引っ込んでいるのはともかくとしても、そして大野木村の開墾地まで、用水を引いているのもともかくとしても、その蜿蜒《えんえん》たる四里の溝渠《インクライン》が、なぜ、ウォーターシュートの水遊びを兼ねているのか? まさか、この二人の娘たちのためばかりではありますまい。
一体あの父親というのは、どういう人なのだろうか? なぞとそれからそれへと疑問が果てしもなく湧き起って、尽きるところがないのです。しかも、そうした疑問を抱きながらも、寝台《ベッド》や羽根蒲団《クッション》は、相変らずふくふくとして柔らかく、円《まど》かな夢を結ぶには、好適この上もありません。考え込んでいるうちに、蝋燭《ろうそく》の仄《ほのか》な光でまた私は、朝まで何にも知らずにぐっすりと眠り込んでしまいました。
満ち足りた眠りから醒《さ》めた、快い翌《あく》る日の朝は、日本人の私が慣れない肉やパンのお付き合いではお辛《つら》いでしょうと、特別に私のために米の飯を炊いてくれ、味噌汁《みそしる》も拵《こしら》えてくれました。父親は、マンガンで夢中になっているのでしょう、その朝も早く出かけてしまったとかで、私が起きた時にはもう、姿も見えませんでした。
さて、五月《さつき》晴れの麗《うら》らかに晴れた青空の下を、馬にも乗らぬ娘二人に案内されて、四頭の逞《たくま》しい馬のいる馬小屋を見て――そのうち栗毛の馬だけは、今父親が乗って行って留守でしたが、もちろんこれらは、農耕用の輓馬《ばんば》ではありません。いずれ
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