う》の船もなく、船どころか! 見える限りの景色のどこにも、また家の中にもこれ以上の人はいないように思われます。あんまり寂寞《せきばく》過ぎて、なんだかそれが私には、不思議でなりません。ですから飽きずにそんな質問ばかり、繰り返していたような気がします。初めのうちは、酔興でどこかこの辺の都会地の人が別荘でも構えているのか? と思いましたが……。
「こんな山の中に、こんな立派な家を構えて……お父様でも貴方《あなた》がたでも、そんな綺麗《きれい》にしてらっしゃって……」
 と、私はもう一度、格天井《ごうてんじょう》に眼を放ちました。
「実際不思議です、僕にはそれが、不思議でならない……どこを見ても、誰一人人はいやしないし……なぜ、こんな淋《さび》しいところに、住んでらっしゃるんですか?」
「だって、父がここが好きで、住んでるんですもの、仕方ありませんわ」
 と姉娘が笑い出しました。
「淋しくないんですか?」
 ちっとも! という返事です。
「わたしたちもう七年も、ここに住んでますけれど、淋しいなんて感じたことなんか、ありませんわ」
「へえ!」
 と私は、感心しました。
「よく、淋しくないもんですね! 僕なんか意気地がなくて、とても住んでられやしない……」
「ペリッがいますわ! ペリッがいれば、もう怖《こわ》い人が十人くらいかたまって来たって、何ともありゃしませんわ。夜だって、見回ってくれますし……わたしたち碌々《ろくろく》、戸締りなんかしたこともありませんのよ」
 と妹娘が眼をクリクリさせて、口をはさみました。ペリッというのは、犬の名前なのです。そして私たちの話は自然、犬のことに移りました。ペリッは生まれた国では、牛犬《クラブニ・ハウ》といって、この犬一匹いれば猛牛二頭を倒すと、昔からいわれているのだそうでした。元々はコリー同様、牧羊犬なのだそうですが、今ではもっぱら番犬として珍重されて……しかし、原産地地方でも今では数が尠《すくな》くて、ほんとうの牛犬《クラブニ・ハウ》はそう沢山にはいないというのです。
 が、今いるのは生粋《きっすい》の牛犬《クラブニ・ハウ》だと教えてくれました。ついこの一月までは、雌雄《しゆう》番《つがい》でいたけれど、心臓《フィラリア》を患って今では雄一匹になってしまったのだと、仲好しらしい妹娘の方が残念そうにそういうのです。
「じゃ、さっき、貴方が
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