……怨霊の祟《たた》りが、祖先から伝わる因縁の然《しか》らしめるところであろうと、判断しているこの私の考えを裏付けるごとくに、本年一月十九日、事件も落着して棚田夫人光子、小女《こおんな》、私が逢《あ》った下男《げなん》の老爺《ろうや》夫婦たち一同が、揃《そろ》って市内|畦倉《あぜくら》町の菩提寺《ぼだいじ》、厳浄寺で墓前の祭りを営んでいる最中に、無人の屋敷より原因不明の怪火を発し、由緒ある百八十年の建物は、白昼ことごとく燃え落ちてしまいました。そして、どこから出たものか、余燼《よじん》の煙《けぶ》る焼け跡から、二百年前の婦人の遺骨と確定せられるものが、一体発見せられたということを耳にして以来、なおさら私は、自分のこの確信を深めずには、いられなかったのです。
その遺骨が殺された腰元のお高であったかどうかは、読者各位の御判断にお任せするとして、今の私の関心は、かかってリーゼンシュトック教授一人に、あるのです。教授は今|亜米利加《アメリカ》各地を旅行していられますが、日本へ帰られたならば早速教授に逢《あ》って、昭和二十五年の四月、すなわち今から二年と一カ月前に、なぜこの作曲が大変なものであると言われたのか、そしてこの作者は、もう長くは生きないであろうと、言われたのか? この老ピアニストの霊力に訴えたものを、今度こそ仔細《しさい》に、聞き質《ただ》してみたいと思っているのです。
底本:「橘外男ワンダーランド 怪談・心霊篇」中央書院
1996(平成8)年6月10日第1刷発行
初出:「オール読物」
1953(昭和28)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※図版は、松野一夫による初出誌のものを模して、かきおこしました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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