》めることのできなかったのは、その腰元の許嫁《いいなずけ》だったのです。この許嫁は、子供の頃から寺へやられて出家していましたが、この坊さんだけは真相を聞かぬ限り何としても、自分の許嫁の失踪《しっそう》には諦めがつかなかったのです。逐電したならしたで、どうかその顛末《てんまつ》を聞かせて欲しい、とたびたび棚田の屋敷へ足を運んで来ましたが、もちろん当主が逢《あ》おうはずもありません。いい加減なことばかり並べたてて追っ払っていました。が、この残忍な、我儘《わがまま》な家老の評判はあちらこちらに響き渡っていましたから、ハハア! と僧にも頷《うなず》けるものがあったかも知れません。が、確かに許嫁は殺されているとは思っても、実否もわからないことですし、無念を晴らしてやりたいとは思っても、相手は殿様を除いては土地随一の威権|赫々《かっかく》たる御家老では力のない僧侶の身には手も足も出るものではありません。
思い余ってある時、この坊さんは、秘蔵の一管の尺八を携えて、家老の屋敷へ忍び入って来たことがありました。家老はちょうど御殿へ出仕して留守でしたが、少し頭のおかしくなった坊さんは、池の岸によろよろと
前へ
次へ
全52ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング