の人格については云々《うんぬん》しませんさ! しかし僕はあの人は道を誤られたんじゃないかと思うのですよ。あの人は作曲家になって自分一人の天分をコツコツと掘り下げて行くべきはずだったと思うんです。芸術家として生きるように、運命づけられた方じゃなかったかと思うんですがね。だからあの方は自分でも意識せずに、随分悩んでられるんじゃないでしょうか?」
「へえ! あの人は作曲をするんですか?」
 と、びっくりして私は口をはさまずにはいられませんでした。
「おや! あなたは御存知なかったのですか?」
 と安井判事の方がもっと驚きました。
「三浦|襄《じょう》といえばその方面では有名なもんですよ」
 と棚田判事の作曲上のペンネームを安井氏は挙げました。
「我々のようなガサツな人間にはわからんですがね、その方には素晴らしい才能を持ってられるらしいですよ。もう大分発表してるんじゃないでしょうかね?」
「へえ、そいつは知りませんでしたな。そういう才能を持ってたんですかねえ? ……あの人が!」
 と私は眼を円《まる》くしましたが、その瞬間にいつか大村で聞き流した、あの言葉を思い出さずにはいられなかったのです。
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