か? 安井君! こちらは小さい時分に棚田判事とお友達でいらしたそうだ」
「ほほう、それはお珍しい! 私は研修所に勤めているもので」
 と紹介された判事も検事も、ことごとく私が棚田判事と友達だったということを珍しがって、頻《しき》りに判事のうわさに余念もないのです。が、昔は友達だったかも知れませんが、今の私はもちろん判事については、何ら知るところもないのです。かえってこの人々に教えられて、色々なことを知りましたが、子供の頃は痩《や》せて弱そうな子であった判事が、今では身体の丈夫な、しかし、非常に寡黙《かもく》な、むしろ陰鬱《いんうつ》に近い性格の人であるということなぞもその一つでした。ああ真面目《まじめ》過ぎてもどうでしょうかねえ? 学者、教授《プロフェッサー》ならかまわないが、判事は生きた人間を裁くんですから、もう少しはくだけて明るさがあってもいいと思うんですがねえ、と、私の話相手をしている安井という判事は言うのです。人間らしくとはどういう意味か知らんがあの人は心が優しくて同情心がなかなか深いぜ、司法官としては立派なものだと思うがねえ、と総務部長が答えているのです。
「もちろん棚田さん
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