みたのです。何年ぶりで思い出の地をそぞろ歩いたことだったでしょうか? 見るもの聞くもの懐かしからざるはありませんが、同時に一木一草のたたずまいにも、昔と何の異なるところもないのを見ると、こんな狭い土地でよく幼年時代を過ごしたものだと、久しぶりに東京から行った眼には鼻につかえそうなくらい、すべてが鄙《ひな》びて狭《せせ》っこましいのにも呆《あき》れ返らずにいられなかったのです。
ともかく、懐かしさと幻滅の半ばした気持で、私は犬に吠《ほ》えられながら、昔住んでいた家の回りに佇《たたず》んでいましたが、ふと眼を放った向うの坂上に、昔ながらの石垣の上に、厳然と城廓《じょうかく》のようにそびえ立っている、棚田の家を見ると、そこへも足を伸ばして、昔を懐かしんでみたいような衝動を禁じ得ませんでした。誰も亡《ほろ》びたわけではありませんが、私のその時の気持は人亡びて山河依然たり、といったような感慨で一杯だったかも知れません。これも昔と少しも変らぬ竹藪《たけやぶ》の道を登って行くと、私は棚田の門前を通り過ぎて、沼や野原のあたりまで行ってみました。
うねうねと曲りくねった野道一杯に芒《すすき》や茅《か
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