み、美代や、どうしてこんな浅ましい姿に」
「お嬢様、なんてお情けない、お嬢様! そんならそうとなぜ一言……」
 と、おろおろ声の中に、今でも青年の記憶に残っているのは、父が母と小作人の妻の背後に突っ立ったまま、冷然とそれを見下ろしている姿だったのです。冷然といったのでは、旨《うま》く言い現せなかったかも知れません。それよりも青年が今までに見たこともないような、烈《はげ》しい叱責《しっせき》を加えている姿といった方が、この場の光景にふさわしい言葉だったかも知れません。
「バカもの、バカもの、この大バカものめ! 恥を晒《さら》しおって! それが親への見せしめか? 死んで親に面当《つらあ》てしようという気か? 厭《いや》なら厭だと、なぜ初めから言わん? 気が向かんとなぜ言わんのだ!」
 しかも父は涙を溢《あふ》らせながら、じだんだ踏んで口惜《くや》しそうに、呶鳴《どな》りつけているのです。ふだん姉を可愛《かわい》がって、荒い言葉一つかけたこともない父が、人前もなくこんなにも罵《ののし》りつけているのは、姉の死を悼《いた》む父の痛恨の一種だったかも知れません。
 しかも、突っ立って呶鳴っている
前へ 次へ
全52ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング