あ! ああ!」
と身も世もなくおろおろ声をふり絞っていた。
その間にも、組んず解《ほぐ》れつ、焔の塊《かたまり》は互いに往来を逐《お》いつ転げつしていたが、私にもようやくおぼろ気ながらに、この場の様子が呑み込めてきた。走り狂っていると思ったのは私の見誤りであった。
男一人と女二人、全身火焔に包まれた年若い娘の火を揉み消そうとして、これも火焔に包まれた年増《としま》の女が必死に追っ駈けている。そのまた女を追って火焔を上げた男が、女の火を叩き消そうとして狂気のように苛《あせ》っている。火の玉が三つ巴《どもえ》になって、互いに追っ駈け合っているのであった。そしていずれも烈しい焔を全身から放った火達磨《ひだるま》のような恰好で、組んず解れつ街路を転げ廻っている。無残とも凄惨とも評しようのない地獄絵のような場面なのであった。
三
私も夢中で宿屋の中へ駈け込んで、帳場から座布団を搬《はこ》び出そうとしたが、もうその時には、奥から男衆たちがどんどん蒲団を担《かつ》ぎ出すところであった。
「幸さん! しっかりしなよう! もう大丈夫だあ! 今医者様が来るでなあ! すぐに医者様が来るでなあ!」
「お内儀《かみ》さん! 大丈夫だぞう! 妹さんは助かったぞう! 気をしっかり持ちなせえよう! 大丈夫だからしっかりしなせえよう!」
喧騒の中からは、口々に勢いをつけている声が入り乱れて耳を打ってきた。そして佇《たたず》んでいた女たちが堪《たま》らなくなったのであろう。ワッと泣き出す声や啜《すす》り上げる声が、一時にそこここから湧き起ってきた。
そして私が歯の根も合わぬくらいガタガタと胴震いしながら、搬び出される蒲団の後についてまた表へ飛び出した時には、もう廻りにいた人たちが、やっとのことで躍《おど》り蒐《かか》って蒲団蒸しにして三人の火を揉み消したところと見えた。ジリジリと皮膚の焦げる何とも言えぬ異様な腥《なまぐさ》さがプウンと鼻を衝《つ》いて、人垣と人垣の間や往来に散らばった土嚢《どのう》のような蒲団の隙間から、ガヤガヤと黒い影が大声に罵《ののし》り合っていた。
それでもやっと助かったなと人事ならず私も吻《ほっ》としたが、ちょうどその時であった。ギャッ! と悲鳴ともつかず絶叫ともつかぬ異様な叫びが挙がると同時に、提灯《ちょうちん》の光が慌《あわただ》しく飛び退《
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