ナ! 熱が出た! 三十九度ある」
と世にも情けない声を出した。
「何?」
と思わず私も折り重なって体温計を透かして見たが、不思議なるかな、度盛りは確かに三十九度を示している。急いで当人の額へ手をやってみると、なるほど火のような熱であった。そしてグスはもう腰掛けてもいられぬらしく、長椅子《ソーファ》の上にグッタリとノビていたが烈《はげ》しく眩暈がしてくるという訴えであった。
「ああ苦しい! タチバナ、酷《ひど》い物を俺に飲ませてくれた! 苦しい! 胸が灼《や》け付くように苦しい!」
と頸《くび》に手をやって、カラアもワイシャツもバリバリと掻《か》き破りながら、長椅子の上にのた打っているグスタフを見ていると、私も思わず竦然《ぞっ》と身震いがした。万一そんなことがあろうとは思われぬが、もしや私のやった葛根湯の中に、間違って何かの毒でも混入していたのではなかろうかと、私も蒼《あお》くなった。グスタフはのた打ち廻って、もう側に私のいることにも気が付かぬらしかった。
「駄目だ! 手が麻痺《しび》れて[#「麻痺《しび》れて」は底本では「痳痺《しび》れて」]きた。早く医者《ドクター》を呼んでくれ、医者を!」
と胸を大波のように喘《あえ》がせながら、譫言《うわごと》のように繰り返していた。もう、冗談や悪ふざけどころではない。私は震えながら、ビルの事務所に電話を掛けて、医者を一人大急ぎで寄越《よこ》してもらうことにしたが、その間も必死になって濡れタオルを額に載せたり胸に載っけたりして、
「グスタフ、しっかりしてくれ! 気をしっかり持ってくれ!」
と泣かんばかりの気持で謝った。
やがて医者が来て私は吻《ほ》っとしたが、この医者がまた粗忽《そそっか》しい野郎でノックもせずにはいって来ると、いきなり入口に置いた洗面器を蹴飛《けと》ばしてそこら一面水浸しにした。そして、
「ほほう! 外国のお方だね。これは困ったね、私は言葉がわからないんでね」
と脈も執《と》らぬさきから尻込《しりご》みするには心細い思いがした。
「どれどれ! どんな具合ですね。舌を出して御覧なさい!」
といったところで日本語のわからぬグスタフが、舌を出そうはずもない。私は気もそぞろに、
「グスタフ! 舌を出すんだとさ! 舌を出しな!」
と叫んだ。
「一体何を上がったんです?」
とこの粗忽《そそっか》しい医者
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