彼の精神もおよそ納得出来るように思う。
 午後四時発のバスだというので、鎮導寺にも立寄り、勝海舟書くところの本堂の柱の和歌というものを見たかつたが、時間がないようなので割愛して、停留所に帰りついた。ところがそれから約一時間つまらない待ちぼうけをくわされ、すつかりくさつてしまつた。
 観光地としての条件は多分にもつていながら、一向土地の人々に観光客誘致の熱意がないのは、どういうわけであろう。島原から天草にかけてを、国立公園にするとかしないとか、いろいろ取沙汰されていながら、なかなかその運びにいたらないのは、このような土地の人々の不熱心の然らしむるところか。だが、そのような詮索は、私にとつては、必しも必要なことではない。ともあれ、私はこの地の人々と直接話はしなかつたけれども、観光客としての満足は充分達せられた。それでいてなお、このようなことをいうのは、町に一本の案内標もなく、観光客をめいわくなとばかり、バスの時間などめちやめちやにあしらわれては、折角の美しい天草のため惜しまれるからである。
 六時半すぎ、本渡帰着
 三月二十五日
 早朝五時半起床。風のすつかり落ちた朝の大矢崎の港は、ほんとに背伸びしたくなるほどの心よさである。こういう朝ばかりだつたら、船乗り稼業もわるくないな、と思いながら出港を待つ。
 六時二十分出港。船は、爽快なひびきを、島の山々にこだまさせながら、くつきり晴れた朝の空に安坐する雲仙嶽の方に、かじをとつて進みはじめた。



底本:「現代日本紀行文学全集 南日本編」ほるぷ出版
   1976(昭和51)年8月1日発行
初出:「九州路抄」日本交通公社
   1948(昭和23)年9月15日発行
※拗音、促音が小書きされていないのは底本通りです。
※校正にあたって「九州路抄」(日本交通公社、昭和23年発行)に所収の「天草の春」を参照しました。
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2009年3月26日作成
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