《ますかみ》という面を写生して、それを人間の顔に戻して松園さんが再び創作して出しています。元来この「花形見」の能には小面、孫次郎を使うので、観世では若女、宝生では増という面を使うのが普通だが、松園さんは十寸神を取り出して描かれた。その面を篏めて創造したところにあの人の優れた凡庸でなかったところが窺える。その頃その作が評判でしたが、その次に他にもう一つ挙げると〈焔〉という「葵の上」あたりから取材した嫉妬の女の図でしたが、その顔の中で特に眼が普通の美人画では嫉妬というものが美しく強く出せないので研究された上であろうが、私に訊ねられたので「能の嫉妬の美人の顔は眼の白眼の所に特に金泥を入れている。これを泥眼と言ってますが、金が光る度に異様なかがやき、閃きがある。又涙が溜っている表情にも見える」とその話をしましたが、大抵の人はなかなかそれを成る程と思っても躊躇してやらないのが普通であるが、松園さんはそれをやった。絹の裏から金を入れたのです。でその為めに不思議な味が絵に出ていました。
昔からあるという物も世の批評の喧しかったり、世間の思惑を心配したりして突っ切ってやれないもので、それを貫いてやるところに松園さんの性格の強さがあると思う。一時が万事で他の事にも矢張そうであろうと想われる。そういう点と、近頃でも能を観に来られても常に写生をつづけていられる様ですが、その熱心さ、又良い素質が松園さんを今日あらしめたものの一部分をなしていると思う。
[#地付き](昭和十七年)
底本:「青帛の仙女」同朋舎出版
1996(平成8)年4月5日第1版第1刷発行
初出:「國画」
1942(昭和17)年4月号
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、「〈」(始め山括弧、1−50)と「〉」(終わり山括弧、1−51)に代えて入力しました。
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2009年1月28日作成
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