城で、少し予定に狂いが来ているはずである。私は帰ると言い出した。慎太郎さんもすぐ賛成した。何でも、同じ白馬に十四度登っても仕方がないというような、大町を立つ前から判り切っていた理窟を申し述べたことを覚えている。かくて我々二人は一行に別れて下山の途についたのである。
 私は、いささか恥しかった。というより、自分自身が腹立たしかった。前年、友人二人と約十日にわたる大登山をやり、大町に帰るなりまた慎太郎さんと林蔵と三人で爺《じい》から鹿島槍に出かけたのに比して、たった一年間に、何という弱りようをしたものだろうと思ったからである。だが、朝の山路はいい。殊に雨に洗われた闊葉樹林の路を下るのはいい。二人はいつの間にか元気になって、ストンストンと速足で歩いた。
 この下山の途中である。ふと北の方を眺めた私は、桔梗色に澄んだ空に、ポッカリ浮ぶ優しい山に心を引かれた。何といういい山だろう。何という可愛らしい山だろう! 雨飾山《あまかざりやま》という名は、その時慎太郎さんに教わった。慎太郎さんもあの山は大好きだといった。
 この、未完成の白馬登山を最後として、私は長いこと山に登らなかった。間もなく私の外国
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