に接するところに存在する。元より大して高い山ではないし、またいわゆる日本アルプスの主脈とは離れているので、知っている人はすくなかろう。あまり人の知らぬ山を持って来て喋々するのはすこしいやみ[#「いやみ」に傍点]だが、私としてはこの山が妙に好きなので、しかもその好きになりようが、英語で言えば Love at first sight であり、日本語で言えば一目ぼれなのである。
 たしか高等学校から大学へうつる途中の夏休であったと思う。あたり前ならば大学生になれた悦《うれ》しさに角帽をかぶって歩いてもいい時であるが、私は何《な》んだか世の中が面白くなくって困った。あの年頃の青年に有勝《ありが》ちの、妙な神経衰弱的|厭世観《えんせいかん》に捕われていたのであろう。その前の年までは盛に山を歩いていたのだが、この夏休には、とても山に登る元気がない。それでもとにかく大町まで出かけた。気持が進んだら、鹿島槍にでも行って見る気であった。
 大町では何をしていたか、はっきり覚えていない。大方、ゴロゴロしていたのであろう。木崎湖《きざきこ》あたりへ遊びに行ったような気もするが、たしかではない。
 ある日――
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