草を踏み、対岸に廻って写生箱を開いた。
破れかかった家は、水に臨んでその暗い影を映している、水の中には浮草の葉が漂うている。日は山蔭にかくれて、池の面を渉《わた》る風は冷い。半ば水に浸されている足の爪先は、針を刺すように、寒さが全身に伝わる。思わず身慄《みぶるい》するとき、早や池の水は岸近くから凍り始めて、家の影はいつか消え失せ、一面|磨硝子《すりガラス》のようになる。同時にパレットの上の水が凍って絵具が溶けない。筆の先が固くなる。詮方なしに写生をやめた。
池の茶屋というのは、この冷い水の滸《ほと》りに建てられたるただ一軒の破《あば》ら家である。入口の腰障子を開けて入ると、すぐ大きな囲炉裡がある。囲炉裡の中には電信柱ほどもある太い薪木が燻《くすぶ》っている。上に吊された漆黒な鉄瓶には、水の一斗も入るであろう。突当りは棚で、茶碗やら徳利やら乱雑に列《なら》んでいる、左の方は真暗で分らないが、恐らく家族の寝間であろう、ここでも飴を売るかして、小さな曲物が片隅に積んである。
おかみさんは盥《たらい》に湯をあけてくれた、凍りきった足にはまたとなく快よい。通されたのは池に面した座敷で、形《かた》ばかりの床の間もあれば、座敷ともいえようが、ただ五、六枚の畳が置いてあるというだけで、障子もなければ襖《ふすま》もない。天井もない。のみならず、数十羽の鶏の塒《ねぐら》は、この部屋の一部を占領して高く吊られてある。
五、六枚畳んで重ねられた蒲団の上には、角材をそのまま切って、短冊形の汚れた小蒲団を括《くく》りつけた枕が置かれてある。その後の柱には、この家不相応な、大きな新しい時計が、午後三時を指している。床の間には、恐れ多くも、両陛下の御肖像を並べて、その下に三十七年宣戦の詔勅が刷られてある。そして床の落し掛けから、ホヤの欠けた、すすけたランプが憐れっぽく下っている。
主人夫婦に子供二人、その姉娘は六ツばかりになろう。この「ボコ」はその名を「よしえ」とよばれて、一方ならぬお茶ッピーだ。小さな火鉢に、榾火《ほたび》の燃き落しを運んで来る。「官員サンに何か出さねーとわるいぞよ――、小寒いに――、火でもくれないとわるいぞよ」という。洋服を着けた人は誰でも官員サンである。
二十
よしえのいう通り、この小寒いのに、少しばかりの消炭ではやりきれない。灰が起つので帽子を冠
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