い給料を出して遣《や》るからといっても、生命《いのち》あっての物種《ものだね》、給料には易《か》えられぬといって応ずる者がありません、しかし是非とも同山に三角測量を設けざるべからざる必要があるというのは、今日既に立山には一等測量標を、大日山と大窓山には二等測量標を建設してありますけれども、これだけでは十分な測量が出来ませんからで、技術上|是非《ぜひ》劍山に二等測量標の建設を必要とするのであります、前年来|屡次《るじ》登攀《とうはん》を試みましたが毎時登る事が出来ず失敗に帰しましたが、そのために今日では同地方の地図は全く空虚になって居る次第であります、これは我々の職務として遺憾《いかん》に堪えぬ次第で、国家のため死を賭《と》しても目的を達せねばならぬ訳《わけ》であります、そこで七月十二日私は最も勇気ある
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測夫 静岡県|榛原《はいばら》郡上川根村 生田信(二二)
人夫 上新川郡大山村 山口久右衛門(三四)
人夫 同郡同村 宮本金作(三五)
人夫 同郡福沢村 南川吉次郎(二四)
人夫 氏名不詳
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の四名を引率して登山の途に就き、同日は室堂《むろどう》より別山を超《こ》え、別山の北麓で渓を距《へだた》る一里半ばかりの劍沢を称する処《ところ》で幕営し、翌十三日午前四時同地を出発しましたが、此処《ここ》は別山と劍山との中間地で黒部の上流へ落合う渓流が幅三|米突《メートル》ばかり、深さ六、七尺もありました、なおその地方は落葉松《からまつ》等の周囲一丈ばかりもある巨樹、鬱蒼として居ますが幸《さいわい》に雪があったから渡《わ》たれたものの、雪がなかったら危険地でとても渡れないだろうと思います、それより半里ばかり東南の谷間を下り、それから登山しましたが、積雪の消えない非常な急坂がありまして一里ばかりの雪道を約五時間も費やしました、その雪を通過すると劍山の支脈で黒部川の方向に走れる母指との間のような処に出ました、もっともこの積雪の上を徒渉《としょう》するのにどうしても滑りますから鉄製の爪あるカンジキを穿《は》いて登るのであります。
この積雪地よりは草木を見ず、立山の権現堂《ごんげんどう》より峰伝えに別山に赴く山路の如く一面に花崗片麻岩《かこうへんまがん》にてガサガサ岩の断崖絶壁削るが如く一
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