を叩きつけられたような衝動に全身を委していた。
 あたし自分でもすっかり忘れて了いたいと思っていたの、と青江は平静になっているように見える顔をあげていい出した。あの××ホテルの便箋憶えていらっしゃる? あんなものどうして持ちかえったのか知らなかったけど、あなたに見られてぞっとしたわ、あたし千駄木の家を出て、もとの会社にいると、さがし出されるでしょ、だからそこを止めたのよ。そして勤先捜してると、あたしを子供の時知ってた弁護士に会ったの、みちで、青江さんじゃないときかれて、あたし判らないでいると、色々話しかけて来て、あたしの家のことや何かきくの、それであたし答えてる中に、あたしが仕事をみつけてるの知ると、その人事務所を開きたいと思ってるところだといって、××ホテルへ‥‥‥‥
 これが真実をきいているというのか? 久能はめまいを感じ、青江が遠くに、そして恐ろしく魅力なく、知らない女に見え出し、花束の酔わせる匂に夢心地になっていき、これから一体何が始まって来るのだろうかと、おぼろげに心愉しくなっていくようでもあった。



底本:「行動 第二卷 第二號」紀伊国屋出版部
   1934(昭和9)
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