いけませんよ」と、お袋はそれでも娘には折れている。
「あたいだッて、たましいはあらア、ね」吉弥は僕の膝《ひざ》に来て、その上に手枕《てまくら》をして、「あたいの一番好きな人」と、僕の顔を仰向けに見あげた。
僕はきまりが悪い気がしたが、お袋にうぶな奴と見抜かれるのも不本意であったから、そ知らぬふりに見せかけ、
「お父さんにもお目にかかっておきたいから、夕飯を向うのうなぎ屋へ御案内致しましょうか? おッ母さんも一緒に来て下さい」
「それは何よりの好物です。――ところで、先生、私はこれでもなかなか苦労が絶えないんでございますよ。娘からお聴きでもございましょうが、芸者の桂庵《けいあん》という仕事は、並み大抵の人には出来ません。二百円、三百円、五百円の代物《しろもの》が二割、三割になるんですから、実入《みい》りは悪くもないんですが、あッちこッちへ駆けまわって買い込んだ物を注文主へつれて行くと、あれは善くないから取りかえてくれろの、これは悪くもないがもッと安くしてくれろのと、間に立つものは毎日気の休まる時がございません。それが田舎《いなか》行きとなると、幾度も往復しなけりゃアならないことがござい
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