れているのかと思うと、帰りたくならないではなかったが、しかしまた吉弥のことをつき止めなければ帰りたくない気もした。様子ではどうせ見込みのない女だと思っていても、どこか心の一隅《ひとすみ》から吉弥を可愛がってやれという命令がくだるようだ。どうともなるようになれ、自分は、どんな難局に当っても、消えることはなく、かえってそれだけの経験を積むのだと、初めから焼け気味のある僕だから、意地にもわざと景気のいい手紙を書き、隣りの芸者にはいろいろ世話になるが、情熱のある女で――とは、そのじつ、うそッ鉢《ぱち》だが――お前に対するよりもずッと深入りが出来ると、妻には言ってやった。
 その手紙を出しに行った跡へ、吉弥はお袋をつれて僕の室へあがっていた。
「先生、母ですよ」
「そう――おッ母さんですか」と、僕は挨拶をした。
「お留守のところへあがり込んで、どうも済みませんが、娘がいろいろお世話になって」と、丁寧にさげたあたまを再びあげるところを見ると、心持ちかは知らないが、何だか毒々しいつらつきである。からだは、その娘とは違って、丈が低く、横にでぶでぶ太って、豚の体に人の首がついているようだ。それに、口は物
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