よりもさきに東京へ帰りますよ」
「帰って、どうするんだ?」
「お嫁に行きますとも」
「誰れが貴さまのような者を貰ってくれよう?」
「憚《はばか》りながら、これでも衣物《きもの》をこさえて待っていてくれるものがありますよ」
「それじゃア、青木が可哀そうだ」
「可哀そうも何もあったもんか? あいつもこれまでに大分金をつぎ込んだ男だから、なかなか思い切れるはずはない、さ」
「どんなに馬鹿だッて、そんなのろまな男はなかろうよ」
「どうせ、おかみさんがやかましくッて、あたいをここには置いとけないのだから、たまに向うから東京へ出て来るだけのことだろう、さ」
男はそんなものと高をくくられているのかと思えば、僕はまた厭気がさして来た。
「お嫁に行って、妾になって、まだその上に女優を欲張ろうとは、お前も随分ふてい奴、さ」
「そうとも、さ、こんなにふとったからだだもの、かせげるだけかせぐん、さ、ね」
「じゃア、もう、僕は手を引こう」と、僕は坐り直した。「青木が呼びに来るだろうから、下へ行け」
「あの人は今晩来ないことになったの――そんなに言わないで、さ、あなた」と、吉弥はあまえるようにもたれかかって、「
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