妻子と家とを思い浮べないのは、その実、それが思い浮べられないほどに深く僕の心に喰い込んでいるからだという気がした。
「ええッ、少し遊んでやれ!」
 こう決心して、僕はなけなしの財布を懐《ふところ》に、相変らず陰欝な、不愉快な家を出た。否、家を出たというよりも、今の僕には、家をしょって歩き出したのだ。
 虎《とら》の門《もん》そとから電車に乗ったのだが、半ば無意識的に浅草公園へ来た。
 池のほとりをぶらついて、十二階を見ると、吉弥すなわち菊子の家が思い出された。誰れかそのうちの者に出会《でくわ》すだろうかも知れないと、あたりに注意して歩いた。僕はいつも考え込んでいるので外へ出ても、こんなにそわそわしい歩き方をすることは滅多にないのだ。
 菊子はとうとう僕の家へ来なかった。お袋もまたそうであった。ひょッとすると、菊子の目が全くつぶれたのではないか知らん? あるいはまた野沢も、金がなくなったため、足が遠のいていはしないか? また、かの女は二度、三度、四度目の勤めに出てはいないか?
 こういうことを思い浮べながら、玉乗りのあった前を通っていると吾妻橋《あづまばし》の近処に住んでいる友人に会った
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