うなのは代りに行った芸者だ」と、妻は泣いて僕に語った。
 その翌日から、妻は年中|堪《こら》えに堪えていたヒステリが出て、病床の人となった。乳飲み児はその母の乳が飲めなくなった。その上、僕ら二人の留守中に老母がその孫どもに食べ過ぎさせたので、それもまた不活溌《ふかっぱつ》に寝たり、起きたりすることになった。
 僕の家は、病人と痩せッこけの住いに変じ、赤ん坊が時々|熱苦《あつくる》しくもぎゃあぎゃあ泣くほかは、お互いに口を聴《き》くこともなく、夏の真昼はひッそりして、なまぬるい葉のにおいと陰欝な空気とのうちに、僕自身の汗じみた苦悶《くもん》のかげがそッくり湛《ただよ》っているようだ。こうなると、浮薄な吉弥のことなどは全く厭になってしまった。
 僕は独り机に向い、最も不愉快な思いがして、そぞろ慚愧《ざんき》の情に咽《むせ》びそうになったが、全くこの始末をつけてしまうまでは、友人をも訪わず、父の家にも行くまいと決心した。
 全く放棄されたこの家はただ僕一人の奮励いかんにあるのだが、第一に胸に浮ぶ問題は、
「この月末をどうしよう?」
 しかもそれがこの二、三日に迫っているのだ。

     二
前へ 次へ
全119ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング