「叔母《おば》さん」僕もここの家族の言いならしに従って、お貞婆アさんをそう呼ぶことにしたのだ!――
「きょうは今から吉弥さんを呼んで、十分飲みますぞ」
「毎度御ひいきは有難うございますけれど、先生はそうお遊びなさってもよろしゅうございますか?」
「なアに、かまいませんとも」
「しかし、まだ奥さんにはお目にかかりませんけれど、おうちでは独りでご心配なさっておられますよ。それがお可哀そうで」
「かかアは何も知ってませんや」
「いいえ、先生のようなお気質では、つれ添う身になったら大抵想像がつきますもの」
「よしんば、知れたッてかまいません」
「先生はそれでもよろしかろうが、私どもがそばにいて、奥さんにすみません」
「心配にゃア及びません、さ」景気よくは応対していたものの、考えて見ると、吉弥に熱くなっているのを勘づいているので、旦那があるからとてもだめだという心をほのめかすのではないかとも取れないことではない。また、一方には、飲むばかりで借りが出来るのを、もし払われないようなことがあってはと心配し出したのではないかとも取れた。僕はわざと作り笑いをもって平気をよそい、お貞やお君さんや正ちゃんやと時間つぶしの話をした。吉弥がまだ湯から帰らないのをひそかに知っていたからだ。
「吉弥は風呂に行ってまだ帰りませんが――もう、帰りそうなものだに、なア」と、お貞はお君に言った。
「もう、一時間半、二時間にもなる」と、正ちゃんが時計を見て口を出した。
「また、あの青木と蕎麦屋《そばや》へ行ったのだろう」お君が長い顎《あご》を動かした。蕎麦屋と聴けば、僕も吉弥に引ッ込まれたことがあって、よく知っているから、そこへ行っている事情は十分察しられるので、いいことを聴かしてくれたと思った。しかし、この利口ではあるが小癪な娘を、教えてやっているが、僕は内心非常に嫌いであった。年にも似合わず、人の欠点を横からにらんでいて、自分の気に食わないことがあると、何も言わないで、親にでも強く当る。
「気が強うて困ります」とは、その母が僕にかつて言ったことだ。まして雇い人などに対しては、最も皮肉な当り方をするので、吉弥はいつもこの娘を見るとぷりぷりしていた。その不平を吉弥はたびたび僕に漏らすことがあった。もっとも、お君さんをそういう気質に育てあげたのは、もとはと言えば、親たちが悪いのらしい。世間の評判を聴くと、ま
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